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ひきこもりと「社会復帰」

ひきこもりにある人の最終目標は、「社会復帰」にあるとイメージされている方も多いかと思います。


しかしながらこの「社会復帰」は、ひきこもりの期間が長ければ長いほど、非常に困難な事も多く、家族が焦れば焦るほどその道はまた遠のくという悪循環にもなりやすいものです。


その一方で、本人にしても家族にしても、そのためのどんな方法があるのかを十分に理解されている方は少ないのではないかと思います。今回はその事を話題にしたいと思います。


【1.引きこもりと社会資源】


政府はひきこもりや精神障害者の社会復帰を推奨しており、そのための施設や相談機関は全国に多く存在します。以下のHP情報をご参考に。


1.厚生労働省「ひきこもり支援推進事業HP」


2.厚生労働省「障害者就業・生活支援センターについてHP」


3.令和3年度障害者就業・生活支援センター一覧(上記、厚生労働省「障害者就業〜」内)


この他詳しい情報については、①各地方自治体(市町村)福祉科、②各地域社会福祉協議会、等でも相談ができます。


本人および家族の情報収集によって、まずは先行きの見通しを持つことが不安を軽減させ、スムーズな社会復帰を生むこととなります。ですのでこうした機関への相談をなさってみてはいかがでしょうか。


【2.こころのケア】


さて、こうした情報収集や相談と同時に、本人の心のケアを考える必要もあります。一般的に家族は「いつまでこうしているの?」「働きなさい」などと言いがちで、成果や回復を急ぎてしまう傾向にあります。しかしそれがプレッシャーや怒りを生み、結果的に社会復帰が遠のく原因ともなってしまうわけで、その悪循環から脱する意味では「ケア」という視点が重要です。


では本人の「こころのケア」とはどういうことなのでしょうか?。


そこでまずイメージするのが、「本人のカウンセリング」だと思います。しかしこれも簡単ではありません。まず「カウンセリングに行きなさい」と言ってもそれに同意する人はごくわずかですし、本人の目的意識が明確でない「行かされた」カウンセリングでは、効果は現れにくい傾向にあります(→本人が自ら希望したカウンセリングは効果の見込みがあります)。


多くの人が「カウンセリングや相談に行っても、否定されたり怒られたりするだけだろう」と予想しているのも、カウンセリングから足が遠のく原因です。しかしながら、カウンセリングが無力かと言うとそうではありません(これは後で触れます)。


本人のこころのケアにとって重要なのは、「本人が今何を感じて生きているのか?」ということです。家で寝てばかりいる。あるいはTVやゲームばかりやっているような状況を毎日見ていると、家族は「良い身分だ」「楽をしている」と思いがちですが、本人が本当に感じていることは、そんなのんきなものではではないのかもしれません。


彼らは何を感じているのでしょうか?。それは本人に聞いてみないとわかりません。あるいは、聞いたとしても本人も今の段階ではわからないかもしれません。それを聞く、あるいは一緒に考えるというのがこころのケアの視点です。


この入口になるのはもちろん「聞く」ことになるのですが、場合によっては「『否定』や『決めつけ』をやめる」という段階も必要かもしれません。間違いなく、引きこもりにある方々の自尊心は非常に低いです。「否定」や「決めつけ」をすることで、彼らの低い自尊心は下がり続けるか成長を全くしない状態を作り出してしまいます。


さて、そうした事を排除した上で何を聞く必要があるのでしょうか?。まず第一に問題の「きっかけ」になった出来事があるのであれば、それを丁寧に聞いてみることです。


例えば「挫折体験」。学校を卒業し会社に努め出したけど、厳しい上司にダメ出しをされ続け、それで社会で生きていく自信を失ったなどというのはよくある話です。こう聞くと、自分の体験談をもとに「社会とはそういうものだ」みたいな話をすぐに返しがちな親御さんもいらっしゃいますが、それは全てを破壊する一言です。


こういう話をよく聞いていくと、「もともと中学の頃から、いじめられていて人間関係に自信がなかった」「小学校の頃に忘れ物が多く、先生に厳しく指導されてきた」「親が厳しくて、自分は我慢していた」などの更にその奥にある、自尊心低下のストーリーが見えてくることがあります。そうした事を丁寧に聞くことで、なぜ先の「挫折体験」が大きな意味を持ったのかが理解できるのです。


つまりそれは、何らかの本人なりの傷つきが繰り返されてきて、その積み重ねによって生きるための意欲を失ってしまったみたいな体験です。そうした事がわかって、はじめて「共感」という対応ができるわけです。


そして同時に、その人の「課題」のようなものも見えてくる。


例えば先の上司の話。「ダメ出しをされた」話をよく聞くと、その上司は「一方的な決めつけ」をする人で、他にも被害者がいるような人だったりするわけです。そう考えると、新人の試行錯誤や失敗を成功に導くような本来の上司の役割を果たしていないわけで、そういう「相手方の問題」という見方ができてもいい。


でも過去の失敗の繰り返しで、本人自身も上司の指摘を鵜呑みにして、「やっぱり自分は何もできないだめな人間だ」と受け取っている。あるいは、昔から支配的な人と出会うと自動的に「主従的関係」を繰り返してしまうなどの問題もあったりする。


そうであれば社会復帰を考える中では、自分の身の処し方についての対応も考えておく必要が出てくるわけですね。


いずれにしても、挫折体験は人生の「繰り返し」が背景に隠れていたりもする。その事への理解や対応も本人が自己理解を深める上では重要な話し合いの内容となるわけです。


ここまでをまとめると、本人との話し合いでのポイントは「理解・共感」とともに、「繰り返し」がキーワードとなるわけですね。


【3.こころのケアにおける役割分担】


さて、こうした心のケアを誰が担うのかという話にもなる。それがカウンセラーなのか、友人や家族なのか、教員や福祉関係者なのかというわけです。


先にも述べたように、本人が希望してカウンセリングに来ない場合は、主に家族等の周囲の人たちがケアを担わなければいけない。


しかしながらカウンセラー以外の「専門家」ではない方々については、「そんなの当たり前だ」的なアウトな発言をしてしまいがち。その対処をバックアップする役割もカウンセラーにはあるのです。


こうした事を「家族相談」などとも言いますが、表面的には見えにくい本人の気持ちを、相談の中では話し合い、本人のニーズにあった対応を一緒に探っていくのです。


適切な声かけによって、今まで「放っといてくれ」と態度を硬化していた方が、今まで話さなかった本音を語り出すなんて事もあるわけです。その道筋を「家族相談」では目指していきます。


【4.社会復帰における『安心感』はどう作るのか?】


さて、話を「社会復帰」に戻しまして、今回の結語に向かいたいと思います。社会復帰において重要なのは、仕事ができること以上に「自分が社会に出ても大丈夫」という安心感を感じられることです。


長年引きこもりをしていて、その後作業所や社会復帰施設などを通して仕事を経験した人たちからは、「思っていたよりも自分がやれることがわかった」「自分のペースでやればいいことがわかった」という声が聞かれることも稀ではありません。つまりここにはものすごい「がんばり」や「努力」が必要というよりも、「ありのままの自分でも大丈夫」という『安心感』があることがわかると思います。


そうした心境に至る第一歩は、「聞いてもらう」「わかってもらう」「そのままでも受け止めてもらえる」という経験なのかもしれません。その上での社会復帰が大事なことを、今回みなさまにお伝えできたのであれば幸いです。





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