てつがくの話

今日は、中学生向けに書いた「哲学」の紹介文を掲載したいと思います。


【「てつがく」の話】


今日は「てつがく」のお話です。


「てつがく」は「鉄学(電車好きな人のためのお話)」ではなく、「哲学」です。


「哲学」は英語ではPhilosophy(フィロソフィー)。元々の意味は「知を愛する」という意味があるとのこと。そう哲学には「愛」があるのです。


うん、まだまだぼんやりした説明でわかりづらいかな。ある人は「哲学は『わたしたちはどう生きるべきか』を知るための勉強だよ」と言います。


中学生ならば考えたことあるかもね。私たちは「どう生きたらいいのか?」と。そうした悩みや疑問に哲学は答えてくれるかもしれない。


でも哲学ってとってもわかりづらいってイメージもある。でも今回は簡単に、すごくはしょってお話しちゃいます。


そのためにみんなには哲学の有名人2人を紹介します。


一人目は「ソクラテス」さん。


この人は今から2500年前、紀元前5世紀ごろのギリシャで活躍した哲学者。この頃のギリシャはパルテノン神殿とかを作っていて文明的にもかなり発達していた時代なんだね。その頃はまだ日本は縄文時代の末期、あるいは弥生時代の始まりくらいだったんだからびっくりしちゃう。


「ソクラテス」さんは簡単に言うと、「僕たちには知らないことがある」っていうことをみんなに教えてくれた人なんだ。「...ふーん」って思うでしょ?。そんなの当たり前だろとかって。そのことに何の意味があるんだろうとか思うかもね。


でもそれが実は当たり前ではない!。「知らないことがある」って、頭悪いとか、だめとか、がんばれとか、勉強不足!とか否定されがち。それに「知らないことがある」とわかると、「頑張っても無駄」「もう無理」とかあきらめちゃう人もいるから、意外にもその受け止めはみんな素直じゃない。


「知らないことがある」って当たり前のことなのに、いろいろな価値観がくっついてややこしくなってしまう。それとか、勉強ができる人や人の上に立つ人の中には、「自分は知っている」って傲慢(ごうまん)になって人を支配しちゃう人もいる。「知らないことがある」って素直に認められないことで、人はいがみ合いや戦争を繰り返しても来ちゃったんだ。


そんな中で「ソクラテス」さんはこんなメッセージを残した。「知らないことがある」って素直に認められると、「それを知りたい」って気持ち(好奇心)がわく。それだから人は熱心に勉強できるんだって。


勉強が苦手な子は、自分はみんなよりできないからって落ち込むことはない。「ソクラテス」先生なら、それは「普通だよ」「あなたは自分が『知らないことがある』ってみとめてるからえらいんだよ」ってはげましてくれる。自信のない人は、そういう事をあんまり誰かから言われたことがないかもね。


いい人でしょ?。「ソクラテス」さんって。


さて2人目は「ウィトゲンシュタイン」さん。


名前から難しい人だけど、この人の哲学も難しいことで有名。でも今日は簡単に言っちゃうよ。


「ウィトゲンシュタイン」さんは、今から100年くらい前に活躍した人で「ソクラテス」さんに比べるとずいぶん最近の人なんだけど、彼は、「語りきれないものには沈黙しなければならない」って言ったんだ。これもふーんって感じかもね。


例えば「僕は最近流行りの『BTS』に興味ないから、みんなが話している時にはずっと沈黙していますから」とかいう人もいるかも。そういう人に私は「おおお、あなたは今や『哲学者』や!」って言いたいけど、そこにもうちょっと哲学のエキスを付け加えをさせてください。


わからないものって「未知(みち)」って言うよね。「未(いま)だに知らない」とも読むけども、実は僕たちの知識って、勉強しても勉強しても、いくら天才であっても、このわからないことって膨大に残っちゃうんだよね。例えば世界の果てって、人間が一生かけても、この先の人類も含めて到達できないかもしれないとかね。


それとか身近な話として、「言葉」ってのも、相手に自分の気持ちを伝える時に、自分の全てを上手く伝えきれているわけではなく、だいぶ内容的にははしょって伝えている。だから時に誤解も生まれるし、コミュニケーションに自信がない人って「ちゃんと話せるかな?」って不安になっちゃうわけ。でも「ウィトゲンシュタイン」さんはそれも「普通だよ」って教えてくれた。


例えば「好き(I love you)」って言葉。相手には「好きだから一緒にいたい」って伝えているし「ずっと一緒にいたい」っていう気持ちもあるかもしれないけど、その一方で「時には一人にもなりたい」「他の子とお話したり遊びに行っちゃうときもあるよ」「お母さんうるさいから夜は電話できない」「日曜日は部活があるから、会えない時もある」みたいな気持ちもあるかも。そういう中で思いどおり恋人と会えなかったり、話ができなかったり、LINEの返信が来なかったりすると、不安になって「私の事好きじゃないの?」「自分勝手!」「話が違う!」ってけんかにもなっちゃう。


でも「ウィトゲンシュタイン」さんからすると、これも「当たり前のこと」なんだ。だからけんかしないでねってさ。


うーん。そう考えると言葉の行き違いでわたしたちはいっぱい問題を抱えているよね。わかり合うって難しい。でもそれを受け入れられると、ちょっと気持ちが楽になるのかも。


実はこの時代、頭のいい人や人の上に立っていた人が、メンツのために戦争(第一次世界大戦)を起こし、世界中が不幸になっていったから、その原因となっていた『俺は何でも知っている』という考えに、「ウィトゲンシュタイン」さんはそれじゃあいけないと言いたかったのかもしれない。


この2人の哲学者を見ると、時代は違うけども実は似たようなことを言っているのわかるよね。そして共通したメッセージとしては、「人はいかに生きるか」って考えた時に、「『わからないこと』を認める勇気」と、「問題は避けられないけど、『わからないこと』を大事にして、それに興味を持って解決していくことが人間にとっては大事」ってことを教えてくれたんだね。


みんな「わからない」のです。そう考えると勉強できるかできないかって小さな差なのかも。どんな人でも、好きなことに興味を持って、それを解決していく面白さを知ることができたら、世界は平和になっていくのかもしれないんだね。


ちょっと哲学に興味を持ってもらえましたか?


哲学、徹学(徹底して追い求める意欲)、てつがく。てくてく...。


※『ウィトゲンシュタイン』は、あの「アドルフ・ヒトラー」と同世代の人で、高校生の時には、実は同じ学校に通っていたという話もあるそうです。ヒトラーが自分の劣等感を埋めるために、人々を支配する方向に向かった話は有名ですが、『ウィトゲンシュタイン』は戦時下に仲間や自分の行く末を真剣に悩み、最前線で戦ったり捕虜になったりして極限状態の中で、哲学の可能性を広げていったという意味で、非常に価値のある存在だと思います。