「おばけこわい」の心理

皆さん、子どもの頃「おばけこわい」と思いませんでしたか?。あるいは今子どもさんをお持ちの方であれば、自分の子どもさんが「おばけこわい」とよく言うので、困っていらっしゃる方もいるかも知れません。


かく言う私も、ものすごいおばけを怖がった子どもでした。


大人の方で、いまだに「おばけこわい」と思っていらっしゃる方はまれかもしれませんが、一度は通る道でもありますね。それにしても何で「おばけ」なんていう、この世には存在もしないものを子どもたちは怖がるのでしょうか?。今日はそういったお話をします。


この説明、諸説あると思いますので、心理学に根ざした私の考えをお話したいと思います。大体おばけを怖がるピークは小学校1年生くらいから3年生くらいまで。もちろん幼稚園児も怖がりますし、中学生でも信じている子もちらほらいますけどもね。


この小学校低学年くらいの時期は、当然ながら「学校」という社会に出ていく時期ですね。いよいよ本格的にお母さんと離れて、友達関係とか社会のルールの中でやっていかなくてはならない時期でもある。


この時期に不登校になる子どもたちは、伝統的には「分離不安」が原因などと言われ、お母さんと離れることを不安に思って学校にいけなくなるんじゃないかと説明されたりしました。これも現在では諸説あります。


このある種の自立、つまりはお母さんに頼るのではなく「自分の力を利用して困難を乗り越えていく力」が必要になってくるのが小学生(=学童期)の入り口なんですね。


この中でのストレスや不安が「おばけこわい」を生むベースにあるのかもしれません。


そしてもう一つ。小学校に入る時期は、物事の理解がそれまでに比べて飛躍的向上する時期、つまりは知識がたくさん理解出来て頭の中に入ってくる時期です。ただしその理解の方法は、まだ1対1対応のようなものであるので、全てを真に受けるし、その知識を操作したり応用したりするのはまだまだ難しい時期でもある。


またそれまでは、自分の見えているだけの世界が全てで、自分は全てをを理解できていると錯覚していたけども、思い通りにいかないことや挫折を体験するようになってきて、知識が増えれば増えるだけ、その一方で知らないこと、世界の広さと言った、「未知(知らないこと)」が「ぼんやり」とわかってくる。


この「ぼんやり」がくせ者で、あいまいだから何だか「わからない」「怖い」。中学生くらいになると自分の不安の原因が「友達関係」「勉強」「からだの変化」「将来」などと具体的になるんだけど、この時期の子どもの体験はそれははっきりこうだという形ではなく、ぼんやりしている。


そのうちどこかで「おばけ」の存在を知り、それが原因だとわかる急になんだか「しっくり」来る。自分のぼんやりに名前をつけられて、合点がいって、その「未知=おばけ」を恐れるようになってくる。これが「おばけこわい」の意味ではないかと思うのです。


小学校高学年や中学生になって子どもたちがおばけを恐れなくなっていくのは、物事には表と裏があり、自分の理解の境界(知っていることと知らないこと)がはっきりし、視点を変えるとちがった見方ができるなど、多面的・論理的な思考が可能になってくるからで(発達心理学者の“ピアジェ”はこの時期を「形式的操作期」と呼びました)、「不安」の原因が具体的にわかるようになると、対処も可能になって、「おばけ」が必要ではなくなるわけです。


ここまでの話、簡単にまとめると「おばけ」は人間の成長の中で意味のある存在でもあり、必要な考え方、概念でもあるということです。


また重要なのは、「おばけ」と言えば共通理解のツールにもなる。例えば「おばけこわい」と言えば、周囲にも何かを恐れていることが伝わるし、友達と話し合えば「あなたも怖かったのね」「自分だけじゃなかったのね」と安心できる(子どもの頃、心霊写真の本などみんなで読んで怖がっていましたね)。「不安」を解消する重要な一歩は、「それが変じゃない」「自分は孤立していない」という気づきからですので、「おばけ」は私達を助けてくれるものでもあります。


「おばけ」よありがとう。あなたを知らなければ、あなたを恐れなければ、今の私はなかったのかもしれない。世の中に意味のないものはないわけですね。