今回は「葵上」という能の作品をご紹介します。
能の世界に興味を持ったのは、東京の研究会仲間が修士論文として「美醜」の研究をされたとのことでお話を伺う中、「馬場あきこ」さんの『鬼の研究』という本を紹介してくれたことがきっかけでした。
今のこの「鬼滅の刃」のブームの中でその本の内容もまた面白いので、いずれまた紹介する機会を設けるとして、本の中では能における一つの大きなテーマである「蛇(≒鬼)」の物語について紹介されているところがあるので、そのことについて今回は話題にしたいと思います。
馬場さんの本の中では、能における蛇の物語として「道成寺」「葵上」「鉄輪」の3つの演目が紹介されています。これらはともに、男女関係における嫉妬や苦しみが題材となったお話なのですが、愛する男性から裏切られた女性の強い嫉妬や情念が「蛇に成る」ことで表現される物語だとされています。
実はこの蛇のなり方にもいろいろ形があって、一番怒りの炎が激しい「道成寺」などは、「本成(ほんなり)」というもう人には戻れないもののけへの変化として表現され、最後には川に飛び込んで自ら命を落とす悲劇として描かれています。対して「葵上」や「鉄輪」などでは自分の怒りを蛇となって表現した(舞った)後で、人に戻っていくという物語です(それぞれ「中成(なかなり)」「生成(なまなり)」という蛇の変化です;実際の面の違いは下にアップした画像を参考にしてください)。
研究会仲間との話で印象的だったのは、こうした奇怪ものは男性視点からすると、悪霊を祈り倒し問題解決をした行者(僧侶)や陰陽師などのヒーロー物語として理解してしまうけど、女性の視点からすると、事情があり蛇(鬼)となった女性の怒りはもとより嘆きや悲しみにも共感できるという違い。また「鉄輪」で表現されている事から考えると、我慢し続けていた主人公が抑えていた怒りを「表現する」ことによって、その後の人間性の回復があるということ。
さて今回ご紹介するこの「葵上」という物語は、動画内で進行役の方が説明してくださるように「源氏物語に出てくる逸話で、葵上という源氏の妻を、源氏の愛人、六条御息所が嫉妬から生霊となって邪魔をし、これを修験者が般若経によって撃退する」という物語です。
『シテ』と呼ばれる主人公(「葵上」では六条御息所)は、基本的に言葉を発せず、聞き取りにくいですが『ワキ』と呼ばれる口上係が物語の説明をしてくれています。しかし『シテ』の踊りや表情を追うだけでも、十分にこの主人公の感情が読み取れるのではないかと思います。
それでは実際の演目を、是非ご覧になりお楽しみください。
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