映画の紹介⑨「ジョーズ」

「スターウォーズ」や「ジュラシックパーク」でおなじみ、世界的映画監督であるスティーブン・スピルバーグの監督第二作目作品である「ジョーズ」。


この作品は、ジャンル的には「パニック映画」ですが、実は現代の我々に様々な教訓を与えてくれるヒューマンドラマでもあります。


ニューヨークで警察官をしていた主人公「ブロディー」は、以前から仕事に対しては全くやる気がない人物だった。そんな中、彼は自ら志願して事件がほとんど起きない、とある田舎町の警察署長となります。しかしある日、海岸で海水浴客の死体が打ち上がる。


調査の結果、彼はそれがサメの仕業である事を悟り、市長の「ボーン」らに遊泳を禁止するよう進言します。しかし市長は町での唯一の産業である夏の観光業を休止するわけにいかず、「ブロディー」の進言を無視して自分たちの都合のいい情報ばかりをかき集め、問題を甘く見積もるようになっていくのです。


そんな中で第二の被害者が出てしまいます。噂を聞いたシャークハンターが全米から集まり、その結果小型のサメが捕獲されます。海水浴場の再開を願う市長らは、早々にそのサメが犯人だと断定して幕引きを図ります。しかし「ブロディー」は死体の傷と鮫の歯型が一致しないことから、もっと大型のサメがいるはずだと、市長に異議を唱えます。しかしそれは市長の権限でもみ消されてしまうのです。


「ブロディー」は諦めず、海洋学者の「フーパー」の協力を得て情報収集を続け、粘り強く市長への進言を続けるのですが、それでも無視されてしまうのです。


市長の安全宣言を受け、海水浴場は再開をします。しかしその日の内に第3の被害者が出てしまうのです。それを見て市長は思考停止に陥ってしまいます。その後冷静さを取り戻した市長は自分の間違いを認め、「ブロディー」らにサメの駆除を依頼するのです。


「プロディー」「フーパー」、そして地元の荒くれ者漁師「クイント」の3人は海に繰り出します。しかし最初はお互いが自分勝手で、意見が合わなかった。それでも話し合いを続ける中で、サメから受けた傷を自慢し合うことをきっかけに、仲間意識が急激に芽生えることとなります。


こうした3人の心の変化は、前半の市長らによる「無視」「拒否」という不条理や、見えない敵(巨大サメ)への恐怖感、閉塞感を一気に克服する演出となって、観客にも強烈なカタルシスをもたらします。だから「クイント」が犠牲になるシーンなどは大きな喪失感を感じさせる。


そして最後のシーン。「ブロディー」の怒りに胸を打たれる感がある。


さてこの映画、心理学的には2つの教訓を与えます。


まず第一に、前半の市長らのリスク回避の問題。心理学では「認知的不調和理論」から説明される問題で、『人間は自分の信念から外れる情報は、不安の回避のために軽視するようになり、時に自分に都合のいい情報だけを盲信してしまう』というものです。リスクマネージメント的には、このようなバイアス(偏見)や思い込みは非常に危険なものであり、人間の防衛本能が生み出す悲劇とも言えます。


第二に、これは主人公「ブロディー」の成長物語であるという点。もともと彼は、仕事に対していい加減なところがあったわけで、責任回避という意味では市長に媚を売って言いなりになってもよかったわけです。しかし警察官としての責任感が強まったのか、嫌われるリスクがあっても自分の役割を全うしようと奔走する。つまりそこに「改心」が起こる。


信念を持って行動する際には、時には誤解が生じたり孤立を経験したりすることがあるのですが、その困難の先にある「カタルシス」を、是非この映画を通して体験していただければと思います。