発達障害について

 発達障害は、子どもや学校現場を中心として、ここ20年ほどで脚光を浴びてきた考え方です。みなさんも「ADHD」や「アスペルガー」という言葉は良く聞かれますよね。


最近では「私は(子どもは)発達障害だと思います」とはっきりおっしゃる方にたくさん出会うようになりました。実際そうした方の中には発達障害の方も多くいますが、そうでない方もたくさんいらっしゃいます。いずれにしても、自分がうまく行かない原因が「発達障害」だと考えると納得できて、気持ちが落ち着くという体験があるようです。


私は「臨床心理士」ですので、当相談所では「確かにあなたは発達障害ですね」「この子は発達障害に違いありません」と“診断”することはできません。“診断”はあくまで「医師」のものであって、またそれは「“治療”につなげるため」でなければいけないと思います(安易なラベリングは危険です)。


そう、そして私は「“治療”につなげるため」にこうした人達にカウンセリングの中で多くお会いしてきました。


「発達障害者へのカウンセリングは無意味」と言いきってしまうえらい先生もいます。たしかにそれは“一部”間違いではありません。でも”一部”は間違いです。私は決して「カウンセリングだけで発達障害は治ります」とは考えてもいません。しかし、「“人によっては”補助的にカウンセリングを用いることで、良い方向に進む人もたくさんいる」と考えています。またそのようにカウンセリングが有効な方々(本人、家族、先生方)に共通しているのは、「良くなりたい(良くなってほしい)」という治療への意欲です。


逆に言えば発達障害と考え治療の場にやって来る方の多くに共通しているのは、「自分は良くなれない」という自己成長に対する自信のなさです。これは彼らの心理面として非常に本質的な現われなのですが、そうした方々は治療の場を訪れるまでに多くの失敗体験を重ね、周囲から理解されず、いじめなどにもあって孤立感を感じてきた人たちだったりもします。あるいは諸事情によって過保護に育てられ、自立への挑戦が回避されてきた人だったりもします。だから自信を持てずに生きているわけです。


また現代は多様性の時代(答えが一つでない、臨機応変さが求められる時代)のため、主体性がない人たちは生きづらく、発達障害の方々のみならず一般の方でも社会に出ると困難を感じやすい時代でもあります。


こうした方々にとっての成長への道筋は、端的に言えば「スモールステップ」だと思います。それは大きな成果や結果で一喜一憂するのではなく、自分の小さな変化や可能性に目を向けることができること。人にとっては取るに足りないもの、周囲からは全く評価されないものでも、小さな変化や頑張りにまずは目を向けてみましょう。そうした中で、自尊心が育ってくることがあります。我々の社会には、まだ小さな変化やその積み重ねでも十分生きていける場所があるのではないでしょうか?