映画の紹介⑧「ポップスター」

2018年に公開された、ナタリー・ポートマン主演の映画です。


主人公が14歳の時に、学校内で銃乱射事件が起き、一緒にいた先生や友人が命を落とす中、重症を追いながらも奇跡的に命が助かった彼女は、姉と共にその時の思いを曲にしてメッセージを届けようと考えました。


彼女の曲は、事件を目の当たりにして心に傷を抱えた友人や学校関係者、保護者、追悼の会に参加した地域の人々など、多くの人にとって感動を与えるものとなりました。


やがてその曲が音楽プロデューサーの知るところとなり、彼女は歌手として全米でメジャーデビューを果たすまでに至ります。一見して華やかな成功を収めた彼女ですが、その裏では自分のトラウマを上手く解消させることができないまま、人々の期待に答える人生を余儀なくされていくのです。


後半に30代になりやや人気が凋落した彼女が復活をかけて舞台に立つシーンがあります。この前後では、一方では舞台裏での大きな不安や非常に荒んだ彼女の心の様子が描かれ、一方では舞台上での明るく人々に感動を与えようとする姿が対比的に描かれています。


それを見ながら私は自分自身も心が解離したような気持ちになりました。特に後半の明るく舞台で歌い上げる彼女の曲が、全く頭に入ってこないように感じたのです。最初その感覚を感じながら、正直この映画は相当な駄作だと思いました。しかし時間が経って考えると、私の感じた解離の感覚は、むしろ主人公の心が置いてけぼりになる中で背伸びするしかない彼女の体験そのものだったようにも思い始めました。


ハリウッド映画の悪い癖で、最後は強引にでもハッピエンドに持っていこうとする演出なのかと感じ、最初は全くついていけないと思ったのでしょう。しかしこの映画をエンターテイメントと見るより、1つのドキュメントとして見る必要があるのではないかと考えを変えた時に、急激にこの映画の見方が変わりました。


トラウマに対して私達が持つイメージは、過去の記憶から逃れられずにフラッシュバックに苦しみ、自分が生き残ったことへの自責感に苛まれながら、自分らしく生きられなくなる被害者の姿ではないでしょうか。しかしこの映画ではそうした描写は一切ありません。


むしろ強引に過去と決別しようとし、強がって必死に生きようとする主人公の姿でした。しかしそうすればそうするほど自分の心は荒んでゆき、他者を苦しめ、ドラッグに溺れていく。そうしたある種の被害者の努力というか痛々しさという心の有り方もトラウマ理解のもう一つの側面じゃないかとも思いました。


トラウマの治療は非常に困難を伴うもので、時間をかけて回復を目指す必要がある問題でもあります。今回の映画では、災害、事故、虐待、DV等で心に傷を負った人々の思いを、専門家としてじっくり考える機会ともなりました。