こころの物語③ 「不安の正体(1)」

今回のお話は、「不安の正体とは何か?」


不安のなりたちを考える時に、小学校3年生位の子どもが「おばけ怖い」と不安がって、夜中トイレに行けないみたいなことを例にしてみるとわかりやすいと思います。


みなさんは、「おばけ」って本当にいると思いますか?。



私はいないと思っています(「いる派」の方ごめんなさい)。でも不思議と子どもは、それがあたかもいるかのように感じて恐れている。そこに不安を考える際の重要なポイントがあります。


そもそも子どもが考える「おばけ」って何でしょう?。何の事を言っているのでしょうか?。


彼らがもう少し成長して、中学生や高校生になっていくと、この“不安の対象”が具体化していきます。それは例えば「友達関係」や「親子関係」であったり「進路・成績」「将来」であったりするわけです。


翻ってみると、「おばけ」はこの具体化する前のなんとなくもやもやした、対象が明確ではないもの。彼らの中に感覚的にある何かが「おばけ」と形容され納得されているのではないでしょうか?。だから恐れているものが「おばけ」という非合理的な対象ではあるものの、子どもたちにとっては自分の体験を意味づける「合理的」な対象である。


つまりは「おばけ」以上の、この頃の子どもにとって不安を表現するしっくりくる言葉がないわけですね。


一方で子どもたちが成長して不安の対象が先に挙げたように“具体化”していくと、おばけの存在意義が薄れて、それ自体を恐れなくなっていくわけです。


さてここで「大人にとって」の不安の正体を考える際の2つのポイントについて見ていきたいと思います。


まずは第一に、自分の不安が“具体化”したはっきりしたものなのか、それとも“具体化せずにわけのわからないもの”となっているかどうかが、その度合いが対処の困難度を考える際に重要となってきます。


対象が不明瞭なものを恐れている場合には、治療の困難さが比較的大きいことが知られています(医師による薬物療法が必要な場合もあります)。またこうした方をカウンセリングしていく際には、その対象が何であるのかを、時には時間をかけて見定めていくことが重要となります。


一方で自分の不安が何なのか、きちんとわかっている場合は、その点の成り立ちや改善の方法を話し合うことになります。不安を対象化して眺めてみることで、それが本当に恐れなくてはいけないものなのかを考えられるようになるわけです。


さて次の第二の点に関しては、また次回触れたいと思います。