こころの物語⑦「種をまく」

種はまかなければ、作物はできません。


せっかく良い土地があっても、種をまかなければ意味がありません。人生哲学において「種をまく」という比喩にはどうした意味合いがあるのでしょうか?。


農家をしていたり、園芸が趣味でない限りは、私達は種をまく経験は日常生活ではほとんどありませんよね。でも想像してみてください。いつも目の前にある土のところに、花でも作物でもいいから種をまいてみたとして、どうしたことが起こるだろうか。


知らないうちに、双葉(ふたば)が生えてくるでしょう。何だか大事にしたい気持ちになって、そこに水を与えるようになるかもしれません。そのうちに、たくさんの葉っぱが生えだし、花の芽ようなふくらみもでき始めます。


枯らさないように、腐葉土や肥料をまき始めるかもしれません。もうそうなれば相当入れ込んでいますね。花が咲き、その後に収穫の時期がやっています。この作物をどうやって食べようか。楽しみは膨らみます。


収穫後に植物は枯れてしまいます。感謝を持ちながら、次に何を植えようか考え、種をまく醍醐味を知るようになるでしょう。


あるいは残念ながら、もしも花や作物が十分に育たない中で、害虫にやられてしまったり、枯れてしまったりした時に、失敗を繰り返さないよう誰かから知恵を授かったり、現代ならばインターネットで調べたりしてリベンジを考えるかもしれません。


新しいなにかに取り組むことは、このような努力や興奮、想像性、失敗を乗り越える経験を私たちにもたらします。


ただその一方で、そもそもそうしたことに最初から「取り組まない」という態度も引き起こします。特に子どものような好奇心旺盛な時期よりも、ある程度経験を積んでいろんな事をわかっていると「思い込んでいる」大人に、こうした態度が見られることがあります。これはひとえに、新しい経験をすることによって生じる「不安」や「葛藤」を「避ける」気持ちが生み出す態度でもあります。


またこのような態度は、やってもいないのに、結果が自明であるかのような思いを生みます。「どうせやったって、上手くいきっこないさ」「時間の無駄だよ」。知らないのに…、結果が見えている。プロセスを踏まずに、結果が見えている。これでは、どう説得しても種をまくことは無理でしょう。


しかしながら種をまくことは、「プラス面」だけでなく「マイナス面」も引き起こすわけで、このような不安はあながち外れているわけではない。心が試されるという意味では、こうした両方の経験を天秤にかけながらも、それでも「自己成長」や「新たな発見」という「プラス面」を味わうことができることが「種をまく」良さでもあり、心の強さ、健康さでもあるわけです。


「マイブーム」で有名な「みうらじゅん」さんなどは、「自分が苦手だと思うことにあえて取り組む」という「修行」を実践されているようですが、彼ほどストイックにならないまでも、自分なりの「種をまく(新しい経験をする)」事によって、新しい自分を発見してみてはいかがでしょうか。


次回は「この道をゆけば何があるのか?」というテーマを扱いたいと思います。