「赤ちゃん学」入門

今回の記事は、カリフォルニア大学教授、また京都大学こころの未来研究センター客員教授である下條信輔先生(認知心理学、視覚科学、認知神経科学)の『まなざしの誕生ー赤ちゃん学革命ー』の感想文というような体で、赤ちゃんの心の理解について考えてみたいと思います。


なお下條先生のお話にご興味があるようでしたら、例えば以下の動画などをご覧いただくことをおすすめします。


https://www.youtube.com/watch?v=nf2_WY3jpiU

「こころの潜在過程と“来歴”〜知覚、進化、社会脳(下條信輔)」


私が赤ちゃんの認知発達について興味を持ったのは、子どもの心理発達の中でも、特に赤ちゃんの視覚発達について興味を持ったことがきっかけでした。


ちなみにこの本は初版が1988年とやや古い本なのですが、それでもいまだに大いに参考になる内容だと思います。


この1980年代は「早期幼児教育」が注目された時代だったようで、赤ちゃんの頃からお金をかけた教育をすることで将来良い大学に入れるみたいな考え方が強かった時代だったそうです。そうした知識偏重の考え方を赤ちゃんにも押し付けることへの警鐘を、下條先生は鳴らしたかったようで、その問題点などをいくつか指摘されています。


思い返せば1988年はちょうど私が13歳位の頃ですが、例えば当時放映されていた「世界びっくり大賞」みたいな番組で、3才児でものすごく記憶力のいい子だとか、暗算能力が高い子みたいなのが紹介されたりしていたのを思い出します。


そんな中で下條先生は、赤ちゃんの時代には「赤ちゃんに即した子育て」をすべきだと主張されています。


この「赤ちゃんに即した子育て」とはどんなことか?。それを理解するには、そもそも赤ちゃんは成長する中でどんな体験をし、能力を発達させているのかを知ることが大事だとして、その体験過程を本の中で具体的に説明されています。


結論を端的に言えば、赤ちゃんの能力の発達において重要なのは、大人が大人の知識を赤ちゃんに一方的に植え付けるのではなく、「赤ちゃんが今ある能力の中で何を体験し、何を考えているのか理解し、それに合わせた働きかけを大人がしていく」こと、つまりは「相互関係」や「コミュニケーション」といったものの重要性です。


例えば赤ちゃんは生後1年後くらいから言葉を獲得し始めます(時期に関しては個人差もあります)。この“言葉”というものは、皆さんご存知のように高等動物、特に人間特有のの能力でもあり、その起源は赤ちゃんの世の中に関するある程度の理解が進んだ中で始まるものです。


しかしながらこの獲得は、能力や知識が積み重なったからできるわけではなく、ある“逆説”を経験することで獲得するものだと言われています。ちょっと難しい話なのですが、言語獲得における赤ちゃんの体験過程は、自分が獲得した理解や体験が必ずしも全てに当てはまるわけではない。あるいは、世の中自分の思い通りにならない事を受け入れる中で獲得する能力だとも言われており、こうした逆説、あるいは一種の「挫折」を経験できないと言葉は獲得できないものだと、一部心理学の中では考えられております(※諸説あります)。


皆さんもおわかりだと思いますが「挫折」を経験できるかどうかは、特に子どもであれば母親との間の「安心感」がないと難しいですよね。「挫折」して悲しくなって、それをお母さんに「よしよし」してもらえる。そうした「安全基地」があれば、「挫折」してもまた再び外に繰り出していけるのであって、こうした「親子の相互関係」が子どもの成長にはいつの時期にも重要なのです。


裏返して言えば、「挫折」ができないと「言葉」は獲得できない。自閉症児の多くがなぜ言葉の獲得が遅れるのか、これは不幸にして安定した対人関係や母子のコミュニケーションが十分に取れない中で、「挫折」が上手くスルーできないから生まれる問題なのかもしれません。


「頭の良い子」がどうなったらできるのか?。それは直線的な積み重ねではなく、その発達時期に即した対応をしていく中で生まれていくことではないかと思いました。ありがちな誤解ですが、「頭が良い=記憶力が良い(知識が豊富)」ではありません(記憶力は能力の一部ですが全てではありません)。数学や哲学などを勉強するとわかってきますが、先に述べたような“逆説”が柔軟に理解でき、その良し悪しを比較して場面においじて使いこなしていく力も大事な能力です。またこれは、挫折からの回復力といった心の安定のためにも重要な能力でもあります。


「能力発達」と「情緒発達」は相補的な関係であり、その組合せで赤ちゃんは成長しているようです。この本との出会いによって、赤ちゃんの発達における体験過程について、もっともっと知りたいと思いました。