「突然」やってくる①

今日は皆さんをびっくりさせたいわけではありません。


しかし、悩みのきっかけは「突然」やって来ることも多いのではないかと思います。


この「突然」は、昨日までのバラ色の生活が、一気に曇ってしまうという体験の場合もあれば、考えたことがないことを急に考えなくてはならなくなるという体験だったりもします。


私達が今体験している、コロナ禍も、思い起こせば突然でした(今年の1月の下旬頃始まった...)。


例えば思春期。子どもたちの悩みを聞いていると、「小さい頃はわがままだったけど、5年生くらいになって急にみんなからどう思われているか気にするようになって困っていた」という話が出てくることは稀ではありません。


友だちに言いたいことを言っていた子が、急に自己意識が芽生え、それが本当にいいかどうかわからなくなって混乱する。そして大人しくなってしまうなんてことは、子どもたちの心の中では割と起こっていることです。


こうした「突然」の変化に、上手く対処できないことは実は変なことではありません。誰もはっきり言いませんが、それはみんなに起こっていることだったりもします。


このような変化は、今までの自分のやり方(生き方)では対処できないことに気づいてしまったこととも言えます。自分の感情の方が意識の中で大きな割合を占めていた時代には、気に入らなければ相手を気にせず思ったことを言えばよかった。でも相手にも気持ちがあることが急にわかるようになると、自分勝手ではいけないんだって気がついてしまう。でも正直相手にむかつく時もあって、そういう気持ちをどこに持っていっていいかわからない。みたいな葛藤が生まれるわけです。


こうした問題にどう対応したらいいのか。その答えの一つは、すでに学習などを通して経験しているものの中にもあったりする。


例えばそれは「試行錯誤」だったりもする。哲学の世界には「人間の能力とは『自己否定』である」という言葉があるそうですが、これとっても納得できます。良い結果だけ求めようとする人たちには、こうした「自己否定=自己が否定される体験」の大事さがわからず自己保身に走ってしまう。また発達障害の子どもたちのように、「自己否定」という体験自体に対してパニックになりやすい、脆弱な人たちもいたりする。


つまり悩みが「突然」やってくる体験は、それ自体が「自己否定」つまりは、自分のこれまでのやり方では通用しないことと出会っていることであり、新しい自分を生まなければいけないことに直面している。自分であれこれ考え、試行錯誤して新しい自分のやり方を増やしていくことができる人にとっては、成長のきっかけにもなる。このあたりに、回復における個人差がありそうですね。


ちなみにこうした体験、実は人間は生まれてすぐから何度もやってきているのです。


このあたりの話は、また次回に。