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「パッと思いつく」功罪

私も若い時には、いろいろとアイデアや解決策がパッと思い浮かぶ方がいいと考えていました。しかし、年齢を重ねるごとに、またカウンセラーという仕事を続けている中で、その良し悪しも考えるようになりました。


余談から入りますが、人は年齢を重ねると、若い時にできた事ができなくなります。例えばそれは運動神経や反射能力にまつわることだったりします。自分の体験談ですが、たくさんの買い物をして家に戻ってきた際に、若い頃ならば器用に両手を使って荷物を持ち家まで1回で運ぶ事ができたのだけど、今では無理に運ぼうとすると荷物が途中で1つ2つと落ちてしまい卵を割ってしまうとか、荷物を持つ手で家の鍵を取り出せなくなってイライラしちゃうとか難儀するようになりました。


こうした事を何度か経験するうちに、私は1回で荷物を運ぶことを諦めなくてはいけないんだなと考えるようになりました。本当は1回で運んでしまいたいのですが、嫌な気持ちになるのを避けるためには、悲しいけど自分の老いを認め、今の自分身の丈に合った方法を模索する必要があると思ったわけです。


さて本題に戻ります。「パッと」思いつく事の功罪でしたね。この事はカウンセリングを通して考えるようになりました。つまり人の不安や失敗は、「パッと」思いつく事の結果から生まれてくる事が多いと思うのです。


例えば不安が強い時などは、黒猫が自分のも前を横切っただけでも「不吉なことが必ず起きる」などと考えてしまうものです。


また統合失調症という病気では、「妄想」という非現実的な考えが訂正不能な確信になってしまうという症状があるのですが、彼らの話を聞いていると結構自分の考えが「パッと」思いついて考えが固定していることがあります。


他にもうつ病や発達障害の方にも、「妄想」とまでは言いませんが同じような思い込みで問題を生むことが多い。


例えば発達障害やそれが疑われる方のエピソードとして、「自分は今までの人生で失敗ばかりだった。発達障害の本を読んで全てのことが自分に当てはまっていると思った。だから自分は発達障害に間違いないと思って受診した」なんてことが語られることが多いわけですが、それまでの人生についていろいろとお話しを伺っていると、「自分は勉強ができない」「人との関わり方が難しい」「イケメンじゃないとモテない」などと早々に結論づけ、その信念で状況や人の思いを判断していたりする。


もちろんこれは発達障害の症状でもあったり、彼らの失敗体験の繰り返しによるトラウマだったりもするので、それをダメだと言いたいわけではありません。しかしこの早々の結論づけによって、成功体験ができずに悪循環にハマっていることもあります。なのでこうした思い込みは、治療においては認知や体験の修正として目標にすることでもあります。


またこうした思い込みは「問題解決の方法を知らない」ことから生じている場合が多いというのが私の印象。つまりは解決方法を知らないまま育ったり、試行錯誤して問題解決をする良さや体験が少かったりしたためにこうした思い込みから抜け出せなくなっている。だから問題解決方法を知ったり、その中で何度も繰り返し問題解決を経験することで視野が開かれてくるわけです。


図的に示すと

✖️不安・失敗→パニック→「○○はできない」と思い込み全てを回避する

⭕️不安・失敗→パニック→解決策を知ってちょっとできることがあることを知る→その体験が増える→自尊心に繋げて一部対応できる世界が増えていく(全てできないではなくできることとできないことを仕分けることができる)

という感じ。


ここに至るまでは時間がかかりますが、試してみる価値はあることです(初期の混乱はありますが、人によってはそれが案外スムーズに進むこともあります)。


ここまでの話をもっと一般化して考えると、それはつまり私たちの「思い込み」の問題を論じているわけです。その思い込みに支配され、変化の見込みがないと感じている。あるいはそういう思い込みが現実の中でいつも繰り返されてしまう。そうした時に人は苦しみを感じるのではないでしょうか。


「熟考(じゅっこう)」や「長考(ちょうこう)」という言葉があります。簡単に言えば「時間をかけてよく考える」ということですが、こうした事の良さをあまり知らないと、多様な価値観のある現代社会では生きづらくなるのだと思います。まずは手始めに「本当にそれが起こるのかどうか?」「そうじゃない例外が今までなかったかどうか?」みたいに疑問に思うだけでも大分違いますね。


さて、ここまで書くと「パッと」思いつくことの問題点だけを挙げたように感じられるかもしれませんが、この事が「正しいか」「そうでないか」という2分法で終わるだけでは、この議論は物足りないわけです。


「パッと」思いつくことと「熟考」することを“使い分け”られたら、もっと良いのではないでしょうか。あるいは「パッと」思いついて行動して結果的に上手くいかなかった際には、失敗を認めそれをどうしたら良いか考えられたりするのも良いかもしれません。


失敗や新しいチャレンジ、自分の限界等を通して『試行錯誤』し、自分なりの対処法を身につけられることが人間の目標だと思います。


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